一度、ブログの更新を止めてしまうと、
誰に何を言えばいいのか、分からなくなってしまって、遠のいてしまいました。
すみません。
最近は、畑で、草刈りなどをしながら、ぼや~っといろいろ考えています。
瞑想のようで、自分や自然に向き合える、大切な時間です。
失ってみて初めて分かるありがたさですが、
「循環」のありがたさに、ようやく、はじめて気付いた気がします。
一部のものではあるようですが、
基準値を超えるセシウムが、稲わらや腐葉土から検出されました。
それを受けて、肥料等の農業資材の自粛がはじまりました。
具体的には、現在は、ホームセンターに行っても、
牛フンや鶏フンなどの農業資材は売られていません。
私は、市販のフンを使うことは無かったのですが、
地元の優良な生産者のつくる有機肥料は使っていました。
しかし、これからは、どうしたらよいのか、頭を抱えます。
どこまでが安全で、どこからが危険なのか、明確には分かりません。
(今は、とりあえず、昨年つくられた有機肥料を買ってみました)
じゃあ、自然農?と考えるかもしれませんが、
植物は成長に必要な栄養があるので、
どうにかして、その栄養を吸収しようとします。
お茶の件で、お茶が新芽の成長に必要な「カリウム」を吸収しようとして、
カリウムに酷似した成分である「セシウム」を吸収したということは、
皆様も覚えていると思います。
これまでは、スパルタ方式で、「畑の中の栄養を自分で探して来い!」
という方農法でも良かったと思うのですが、
これからは、スパルタで育てると、人間としては、吸収してほしくない放射性物質を
植物が吸収してしまうのではないかが心配です。
ちなみに、
カリウムに似た放射性物質 → セシウム
カルシウムに似た放射性物質 → プルトニウム
です。
ちょっと、あたまをひねって野菜を育てていかなければなりません。
とうように、今、頭を悩ませているのは、農業や畜産に関係する人が多いとおもいますが、
日本に住む以上、避けて通れないことなので、
ぜひ、当事者として、危機意識を持っていただければと思います。
(もちろん、当事者意識の高い方ばかりだとおもっておりますが。)
というのは、「循環」という仕組みは、
私たちが地球の上で住まわせていただくために、
必要最低限なしくみだと思うからです。
人間は生きていれば、ゴミを出して、うんちもするし、おしっこもします。
死ねば、体ごとゴミになります。
動物も植物もおなじですね。
トマトを取った後は、茎やヘタなどがゴミになります。
しかし、自然界とは良く出来たもので、
それらを微生物たちが分解し、きれいな土や水や栄養素に戻してくれていました。
そうして、地球がゴミ屋敷になることなく、きれいな状態を保つことが出来ました。
生ゴミなどは、土の中に埋めて、2カ月ぐらいすれば、
ほとんど形がなくなっています。そのくらい早いです。
近年は、ゴミの処理がおいつかなくて、問題になっていますが、
我々が、もっとつつましやかな生活に戻りさえすれば、
「循環」をさせることで、ゴミを再利用し、資源として再生することができました。
(私はそんな日本にしたいと思っていた)
そこへきて、セシウムさんは30年間。
プルトニウム239さんは2万4千年ですから、
日本の自然環境がキレイな状態に戻るには、あと、10万年ぐらいかかるのでしょうか?
その、10万年間に出る、放射性物質の含まれたゴミはどうしたらよいでしょう?
その間、「循環」はどうしていったらいいのでしょう?
放射性物質に汚染された汚泥は?
放射能物質に汚染された焼却灰は?
エコのキャッチコピーに、「地球にやさしく」なんてありましたが、
地球は大きく強いです。
10万年ぐらいじっとこらえて待つことだってできるでしょう。
問題なのは、我々人間です。
人間は、地球と比べたら、とてつもなく、短命で、貧弱な生命です。
こんな貧弱な生命だからこそ、たった数カ月で循環できるような、
「やさしい」しくみを地球からいただいていたのに、
いつのまにか、すっかり、身の程を忘れて、傍若無人に振舞いすぎてしまいました。
私たちは、確実に、10万年間消えることのないゴミをせっせと生みだしてしまいました。
これは、どうしようも事実です。
(しかも、これをまだ続けています。)
これからは、このゴミと共存していかなけらばなりません。
ある意味、十字架を背負ったようなものだと思います。
せめて、これからは、自分たちの罪を知り、恥をしり、
つつましやかに生きていきたいと思います。